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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)45号 判決

原告 山崎慎一郎

被告 町田市建築審査会

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

訴外町田市長の違反建築物是正措置命令に対し訴外宮城稜威男のした審査請求について、被告が昭和五〇年二月二四日付でした裁決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

1  本案前

主文同旨の判決

2  本案

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二原告の主張

一  請求原因

1  原告は、原告の南側の隣接地に居住する訴外宮城稜威男が建築基準法に違反する二階建建物(以下「本件建物」という。)を建築中であることを知り、昭和四九年五月二〇日町田市長に対し本件建物について是正措置命令を出すように要請した。同市長は、同年六月二八日付で宮城稜威男に対し、本件建物について第一種高度地区に関する都市計画において定められた高さ制限に抵触する部分を除却することの是正措置命令を発した。

宮城稜威男は、右是正措置命令を不服として同年八月二八日被告に審査請求をしたところ、被告は、昭和五〇年二月二四日付で右是正措置命令を取消す旨の裁判(以下「本件裁決」という。)をした。

2  しかし、本件裁決は次の理由により違法である。

(一) 被告は、右審査請求に係る審査に際し、請求人である宮城稜威男の申立てのみを聴取し、関係人である原告又はその代理人の出頭を求めることなく非公開のまま審理を行つた。かかる違法ないし不公平な審査手続に基づいてされた本件裁決は違法である。

(二) 本件裁決は本件建物が違反建築物であることを認めながら、是正措置には相当高額な費用を要する等の理由で前記是正措置命令を取り消しているが、これは審査請求人にのみ利益を与える偏頗なものという他なく、本件裁決は違法である。

二  原告適格について

原告は、庭園と住宅との均衡を保つて住宅を建築したので、日照は十分であり、生活環境も快適で、健康で文化的な生活を送つていた。しかるに、建築基準法に違反する本件建物が原告住居地の南側隣接地に建築されたことにより、原告は、次に述べるとおり、その権利ないし生活上の利益を侵害された。すなわち、

1  最も日照を必要とする冬期間、日常の主たる生活の場である原告方住宅一階の居室全部が完全に日光を遮断され、非常に陰気となり、かつ、冷え冷えとして暖房なくしては過ごせなくなつたし、また、年間を通じて従前享受していた日照を妨げられ、不快感、苦痛感を感じるようになつた。

2  一家の最大の趣味にしていた草花、樹木等の栽培も、日照・通風を阻害された結果、生彩を欠き、原告は一家の幸福を追求する権利を著しく侵害された。

3  いわゆる日照権を奪われた結果、土地の価値が低下した。

ところで、原告は、本件建物について是正措置命令に従つて是正措置がなされることにより、右のように侵害された権利ないし利益を回復できるのであるから、右是正措置命令を取消す旨の本件裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するといわなければならない。

第三被告の主張及び認否

一  本案前の主張

原告には本訴請求について次に述べる理由により原告適格がないから、本件訴えは却下されるべきである。

1  仮に原告の主張するように原告方の日照が阻害されるに至つたとしても、それは本件裁決によるものではなく、それ以前に原告住宅の南側隣接地に宮城稜威男が本件建物を建築したことによるものである。したがつて、本件裁決自体によつて原告の権利・利益が侵害されたとはいえず、原告はその取消しを求めるにつき法律上の利益を有しない。

2  原告は前記審査請求の当事者ではなく、したがつて本件裁決の名宛人でもない。しかして、建築基準法第九条は第三者の個人的利益を保護することを目的とした規定ではなく、単なる警察行政上の取締規定にすぎず、違反建築物に対し是正措置命令を出すべき否かは行政庁の自由裁量に属する。したがつて、仮に第三者が違反建築物により権利・利益を侵害されたとしても、その者は行政庁が是正措置命令を出さないことを違法としてこれを訴訟手続によつて争うことはできないわけであるから、一旦出された是正措置命令が建築審査会のした裁決により取消されたとしても、それは最初から是正措置命令が出されなかつた場合と択ぶところがなく、右第三者は右裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しない。

3  仮に、原告のいわゆる日照権が侵害されているとすれば、その侵害者である宮城稜威男を相手方として民事訴訟等の方法により直接その侵害の排除を求めれば足りるというべきであり、本件裁決を取消しても原告の利益の救済にはならないから、本件訴えは訴えの利益を欠く。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

同2の事実のうち、被告が原告やその代理人の出頭を求めなかつたことは認めるが、その余は争う

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  まず、本件訴えの適否について判断する。

建築基準法第九条第一項は、同法又は同法に基づく命令等の規定を実効あらしめるため、特定行政庁に警察行政上の措置として違反建築物について是正措置命令を発する権限を認めたものであるが、違反建築物の近隣居住者たる第三者に対し是正措置命令を求める権利を付与したものでないことはいうまでもない。したがつて、是正措置命令を発するかどうか及びいついかなるときに発令するかはもつぱら特定行政庁の自由裁量に属し、第三者は、特定行政庁に対し是正措置命令の発動をうながすことができるにとどまることからすれば、是正措置命令制度は、近隣居住者の権利利益を直接保護することを目的とするものではないというべきである。

しかして、是正措置命令が発せられた場合も、その命令自体には執行力がないから、その実効を期するためには行政代執行法による代執行の措置をとることを要するが、この措置をとるかどうかも特定行政庁の合理的判断に基づく自由裁量に属するものと解すべきであつて、もとより近隣居住者にはその措置をとることを求める権利は存在しない。そうすると、是正措置命令が発せられても、近隣居住者は、是正措置を命ぜられた者の任意の履行又は特定行政庁の代執行を期待しうるのみであつて、是正措置命令により直ちに違法状態が是正され、あるいは近隣居住者の不利益状態が排除されるというものでないことは明らかである。

したがつて、是正措置命令から受ける近隣居住者の利益は単なる事実上のものにすぎず、本件裁決により是正措置命令が取り消され、訴外宮城稜威男において是正措置をとる義務がないこととなつても、これにより近隣居住者である原告の法律上の利益が害されることはありえないといわなければならない。

以上によれば、原告は、本件裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとはいえず、したがつて、本件訴えを提起する原告適格を欠くといわなければならない。

二  そうすると、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 青柳馨)

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